これまでとこれからも

インタビュー

議員になろうと思ったきっかけは何ですか?

同じ選挙区の議員の退任に伴い、お声かけいただいたことが始まりです。学校を年度途中でやめることは、あまりにも無責任であり、それはできないとして断っていました。
しかし、学校で頑張れば目の前の子どもたちに対して力は尽くせるけれど、もっと根本的なところで教育や福祉などに関われれば、広く子どもたちの育ちを保障することにつながる、と思い至るようになりました。
「なんで学校やめたん?」「県会議員に立候補するの。」
「何人受かるん?」「6人中4人よ。」「なんや、それやったら受かるわ。」
立候補表明の後、出会った生徒とのやり取りです。わかってないなあ、と思いましたが、微笑ましく、とてもうれしく思いました。「頑張れよ」と言われ、俄然やる気が出たことを覚えています。

議員として心がけていることは?

その場に行く、直接お話をうかがう、意見交換する、返す。当たり前ですが、これらを丁寧にするよう心がけています。電話で相談を受けたり、お手紙をいただいたりしますが、直接お目にかかるよう努めています。何を求めてみえるか、何が課題か、何を解決すべきか、正しく把握することが必要だからです。
三重県の中だけにいては、よりよい政策提言にはつながりません。先進的な取り組みをされているところに、実際おじゃまして、見る・聞くこともします。
得意分野でない?ことも、ご相談いただきますが、「これはチャンス!」と思うようにしています。調べて対応しようとしますので、自分自身、知ることができますし、幅が広げられると考えます。黒船カンパニーの中村さんがおっしゃっているように「頼まれ事は試され事」と捉えたいと思っています。
また、県職員さんをはじめとして、行政職員の方々とも関わります。みなさんその道のプロですから、教えていただくことは多いです。誠実に向き合いたいと努めています。

議員としてやりがいを感じることは?

課題解決のために動いたことが、少しでも前に進んだ時、人が喜んでくださった時、やりがいを感じます。例えば、障がい者就労継続支援A型作業所をつくりたいと計画している方に相談を受け、なかなか開発許可がおりない中、ともに粘って出来上がったとき、とても嬉しかったです。
また、議員として動く中で培った人間関係が人の役に立ったとき、やりがいを感じました。例えば、出産後の支援が家族では難しいとき、ありとあらゆる関係から支援を組み立てたり、クローズ(オープンにせず、直接支援する人だけに届ける)の母子支援の場所をマッチングしたりしました。
そして何と言っても、県の施策に意見が反映させられたときです。例えば、子どもの家庭的養護の推進(里親委託)であったり、研究所と博物館のコラボであったり、少しでも動いたと実感できたときはやりがいを感じますね。

力を入れている(入れていく)政策は何ですか?

一番大切なのは命を保障することだと思いますので、児童虐待防止には力を入れています。全国で毎年100人以上の子どもたちが虐待によって亡くなり、死因不明であったり、他の理由になっていたりで実数は3倍以上になるとも言われています。三重県でも不適切な養護下にいる子どもたちがいます。まずは一時保護をして命を保障すること、児童相談所と警察の連携が必要不可欠です。
さらに子どもたちの育ちを保障したいと考えてきました。例えば、子どもの貧困対策です。特に厳しい状況で子育てをしてみえるシングルマザーを支えること。社会の様々な課題がそこに集約されていると感じます。
三重県で乳児院や養護施設で暮らす子どもたち、里親さんのもとで暮らす子どもたちが500人以上います。子どもは親を選べません。社会で生きていける大人になるまで、あるいはその後も、安心していられる、帰って来られる場所をつくりたいです。医療的ケアが必要な子どもたちの保障(北勢きらら学園に通う児童生徒の実態から)、医療・福祉・教育の連携について(三重県子ども心身発達医療センターに関わって)、児童心理療育施設「悠」の子どもたちが通う「悠分校」の県立学校化など、何度も質問もしてきました。すぐに前に進むことは難しいかも知れませんが、あきらめずトライし続けます。
防災についても同様に命を守ることに直結します。特に、海抜ゼロメートル地帯の地震時における対応は待ったなしです。国の動向を注視し、防災対策が実効あるものになるよう働きかけます。事業承継の課題がクローズアップされています。産業支援センターは、県内中小企業中心に支援をしています。どのようにマッチングしていくのか、センターはどこまで関われるのかなど、調査しながら進むようにしたいと考えています。

政治家にならなかったら何になりましたか?

前職は「中学校の教師」でした。議員にならなかったら、そのまま定年まで続けていたと思います。最後の学校では、教頭をしていましたが、子どもたちや保護者と遠い存在になることなく、人と人として対することを心がけていました。十分でなかったかもしれませんが、少しでも同じ時期、ともに過ごした人々の心に残ることがあれば幸せです。
思春期真っ只中の生徒たちと関わる中で、実際たいへんなこともありましたが、すべてに意味があったと思います。いわゆるヤンチャだった生徒が、社会でしっかりと自分の足で立っている事実にも出会い、本当にうれしく思います。
一方で、出会い直しをすると、将来を見据えて力をつけてきたのかと申し訳なく思うことも多々あります。だからこそ、今、すべきことがあります。

有権者(特に若い方たち)へのメッセージ

働いている中で不満がある。ガマンしなければと思うけれど、これっておかしくない?そう感じることはないですか?36協定を労使で結ぶ必要があるってこと、みんなが知ってるのでしょうか。
結婚のこと、親やまわりの人にあれこれ言われるけど、本当はしたいけど出会いがないし、何より経済的にやっていけるとはとても思えない。どうやって人生設計すればいいのか、考えるとキリがない・・・。
障がいのある子どもを保育所に預けようとして、朝早い時間や夕方の延長保育を受けられないとしても、黙って仕方ないと引き下がりますか?合理的配慮って何なのでしょうか?子どもが発達障がいかも、と言われたけれど、この子の将来をどう描いていけばいいのだろうと不安に思う・・・などなど。
暮らしの課題は政治につながっていると感じます。すべてが完全に解決されることは難しいかも知れないけれど、声を上げなければ変わることはないのです。「自分くらい投票に行かなくてもいいだろう」「自分が投票したところで何も変わらない」-そんな思いがあるかも知れませんが、すべては「いち」から始まるのでは?あなたが生きる社会は、私が生きる社会、みんなが生きる社会です。身近な課題から政治を考えてほしい、関わってほしいと思います。